Category Archives: 03 Archive

clay’s page

レバレッジ/アイデアひらめくビジネス発想源

ビジネス発想源というメルマガを書き始め
はじめは知り合い27人の読者だったが、10万人に読まれるようになった

年中無休で書いた
そのメルマガに加筆を加えたのが本書。
是非、ノートにメモを取りながら読み、実行して頂きたい

○○の語源
名前の由来
初めて作った人は誰か?
ということを色々なことについて常に調べる

弱点をPR要素に変えてしまう

ーーーーーーーーーーーーーーーー
1、田舎の風景、家の様子を思い浮かべる(ググる)
2、都会、都会の家にないものを書き出す
3、以外に欲しいかも、使えるかもというものを挙げる
4、他の使い方が出来ないか?
ーーーーーーーーーーーーーーーー
プレゼンのしかた。
売り込み色をうまく消すようなストーリーを作り、プレゼンする
主人公の名前や背景なども設定
友人に読んでもらう。

ノートに大きな円を書き、円周上にいくつか小さい円を書く。
観覧車の絵を書いてるイメージ。
観覧車のゴンドラにあたる小さな円に自社の事業を書いて行く
すべての中央に書くべきことは何か考えてみる
モレスキンP146参照

今年達成出来なかったことをノートに3つ書く
その理由を横に書く
来年その理由と同じ言い訳をしたらどんなペナルティーを課すか書く

365種類の○○、365日分の○○を企画するとしたらどのようなアイデアが出るか、テーマを決めて20種類書く

今まで仕事上での失敗やクレームを書く
逆にありがとうと言われる程好転したかチェック
クレームから感謝に変わるためにどんなことが必要なのか考える

自社製品のテーマ曲を作ると仮定
テンポ、楽器の種類をイメージ
4人の人に上の内容を訪ねる
自分も含む5人のイメージに共通する音楽要素をまとめる
///これは、作曲にも使える

普段とは違う道で町内を一周してみる
どうしてだろう、なぜだろうを5つ書き出す
自分だったらこうするという看板を5つ探す
それらをすべてノートする

自社が15文字以内のキャッチフレーズを作るとしたら?
例:大相撲の懸賞垂れ幕
「味ひとすじお茶漬け海苔の永谷園」
「ちゃんこは 若 六本木店で」

コンビニで売ってるものを連想しノートに書く
それぞれに「○○の人のための~~」という商品名を考えてみる
自社商品やサービス名で同じことを考えてみる
「もう1時間がんばらなきゃいけない人のための栄養ドリンク」
「虫歯になりやすい人のクリニカ」
「大人のマフラー」
「おとなのふりかけ」

長い行列ができていた店を思い浮かべる
並んでる間退屈しのぎになって、あとあと店のためにも残るようなことが出来ないか3つ考えて書く

自分の現在の理念を書く
10年後100年後に他人が納得するか
自分の仕事は10年後100年後人に感謝される仕事なのか
時が流れても感謝が朽ちないようにするには、どんなことが必要なのかノートに書く

自社主催のコンテスト企画を考える
何を応募させるのか、コンセプトを定める
応募者のメリット、自社のメリットは何か
簡単な企画書をノートに書く

自社サービス取引先や知人に「何か聞きたいことはない?」と聞く
特にないと言われたら、もしかしてこれは聞きたいんじゃないの?という質問を予想する
確かにそれは聞きたかったと言われたら、HPのQ&Aコーナーやパンフレットに追加

これは自分独自のやりかたというものをノートに列挙。営業法でもいいし、帰宅ルートでもいい。
///電車で作業とか
その手法ひとつひとつにネーミングをつける
友人達にそのネーミングを発表

複数の人達と集まる
これまで感動した話をみんなで発表し合う
これからお客様を感動させる方法を考える
感動以外の感情操作も考えてみる

この一週間で「もう」「まだ」という言葉をなんかい言うか数える
「もう」と「まだ」を逆に言ってみる
どんな気持ちの変化があるか

「東京都心のOL」「東京近郊の経営者」「札幌のサラリーマン」「沖縄の学生」架空のお客様ケースを10人考える
それらのお客様ひとりひとりに合うサービスは何か考える

自分の会社が3ヶ月後にTVで紹介されるとしたら、どんな番組で紹介されたいかノートに書く
その時にどんな対策を練っておけば紹介後に効果を生むか書く
///これはお好み焼きやが日経流通で紹介されたときのワタミ参照

一度しか会ったことのない名刺の束を用意
この会社とは○○が出来そうだ。と仮定する。
組むと面白そう。まったく何も出来そうにない。の2つに分ける

これまで、良く売れた、うまくいったという事例を列挙
何が原因だったのか分析
何を注意すれば失敗しないか考える

高級さ、上品さ、高貴さを増す言葉を20個書く
それらの言葉に共通点がないか探す
自社の商品やサービスに、もっとも高貴そうな名前をつける

生活内の中で、これをした後には必ずこれをするという動作を3つ書く
///顔洗った後にはタオルで拭く
その2つを自動化してくれたらどれだけ楽か考える
商品化出来るか考える

こだわりの基準が曖昧ではないか?

こだわっていると思えることを3つ書く
そのこだわりを1分以内で説明してみる
他と同じことを言ってないか
他が使ってない言葉を考える

よく目にすることの多い場所や手帳に
一世一代の大ボラを書く

小学生のときに教わるエチケットやマナーをノートに
その中で案外大人が守れてないものを列挙
///トイレ後手を洗わない、信号無視
それを矯正するために何が必要か
ビジネスモデルが考えられないか?

古本屋に行き、数年前の時事的書籍を一冊かって見る
こんなの流行ったよね。今は見ないけどというものを3つ書く
それらを別の用途に利用することを考えてみる

そのうち会いたい人をノートに書く
いつまでに会いたいか書く
そのうちやりたいことをノートに書く
いつまでにやりたいか書く
実行する

自分の仕事内容を知らない人ばかりあつめ、説明する
比喩表現を使わずに、次に比喩表現を使って説明
どの言い方が分かりやすかったか聞く



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本格小説の東太郎における驚愕英語学習法

本格小説の東太郎における驚愕英語学習法

ーアメリカに来たばかりの東太郎に水村氏がリンガフォンを貸した。

英語だけはなるべく早く身に付けるんだね。そんなもん暗記するくらいの気がなきゃ行けない。
男の抱えているリンガフォンのテープをあごでさした。

それから一二ヶ月後のことである。
父が帽子も取らずに外套を来たまま入って来て
茶色の紙袋をどさりと置いた。

どうしたの?

いやあ、全部暗記したんだって。
テキストも写したそうで、ほかの人がまた使えるだろうから返すって。

ー勉強家ぶりに驚く水村家の人達

家主からは寝室が離れているので、借りた古いテープレコーダーで明けがだまで聞いて順繰りにに暗記したという。
でも、アメリカについてすぐ運転免許の筆記試験のために勉強したときの方が余程大変だったと言ってたよ。
落ちたら日本に追い返されるんじゃないかと思ってあのマニュアルで必死で英語を学んだそうだよ。辞書で全部の言葉を引いてね。

なにしろ、正規に英語を勉強したことがないもんだから、どこから手を付けていいか分からないんだろうね。
わたしが昔使った教科書を貸そうと思うんだ。

何よりも目を見張ったのは東太郎の英語である。
英語にかける情熱である
仕事中も片耳はいつも嫌フォンでラジオを聞き
何やら英語の単語らしきものを口の中で繰り返す
昼休みには夜学で出された宿題に向かう。

東君ってそうとう変人だよ
ポケットにいっぱい、英語の単語がのってる小さなカードをつめこんでるのさ。
あんな勉強熱心なのがいるとみんながしらけちゃってさ。

冷蔵庫にはヨーグルトばかりが並んでるし
肉が食いたいと思ったら
フランクを一本ずつ袋から出して来て蛇口の下でお湯を出して温めて食うんだって。フライパン使わなくて済むからって。
いったいどうしてそんなまずいものばっかり食べてるかっていうと
時間が惜しいからみたいよ。
英語を勉強したいんじゃないですか。


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朝2時起きでなんでもできる!レバレッジ

朝2時起きでなんでもできる!

Sorry, this post for only Japanese.

二年間で同時通訳者になるという目標を立てた

【リスニング】

英語のスピードに慣れるには、沢山聞くしかない。
できれば内容を確認しながら。
アメリカのクローズドキャプションでテレビを
最低でも三時間はテレビの前に座って聞く
CNN中心に
すこしずつすこしずつ聞こえて行った

学習スタイルは人それぞれ。自分にあった方法を見つけるべき
自分は目で覚えるスタイルだったので
新聞や雑誌を読んでわからない単語があったら赤線を引いて紙に書き出して辞書で調べる
プログラムを作った
新たに覚えた単語を入力すると自動的にその日の日付がつく
そして復習と言うボタンを押すと2週間前1週間前5日前3日前1日前の日付の単語が一覧で出てくる
英語を見て日本語、日本語を見て英語が言えればOKボタン。だめなら復習ボタンを押す
このプログラムは効果抜群で二週間後の難関を越えた単語は確実に身に付いた

【リーディング】

リーディングは日本語訳のある教材で。
英文を読んで理解、和文を読んで理解。
(これはAll in One で出来る)
読む練習にしても
とにかくたくさん読む練習と組み立てに注意を払いながら時間をかけて読む
また、ニュースだけでなくまとまった内容のスピーチやレクチャーを読む
これらを組み合わせてやる

雑誌や新聞、コラムにはパターンがある
各パラグラフがどのような役割で置かれているのかパラグラフごとに見出しをつけて図にしてみた
今度は記事のタイトルだけ見て、展開と流れを予想、実際のものと比べてみる

【スピーキング】

毎日30分は英語を声に出して読む
テープのついた教材が入ったらテープに会わせて読む
テープがなければ難しい単語の出てこない雑誌のコラムを声に出して読む

シャドーイングはゆっくりめのスピードの物を聞きながら
聞こえて来た英語をそのままおうむ返しに口に出す
ゆっくりめの教材がなければテレビの解説番組(ニュースは早いからダメ)を録音し
再生スピードを遅くする
これを最低10分間
やればやっただけ回路が太くなり口から英語を出すことが楽になった

声を出して読む練習やシャドーイングはとても効いた
この二つのトレーニングは素振りのようなもの欠かさずやることが大事

それと同時に
言いたい日本語を英語にする練習も合わせて行う
簡単な短文が和英対照で並んでいる。
英文を隠して言う、和文を隠して言う

三ヶ月単位で学期を作る
三ヶ月の目標と重点的に勉強する内容をノートに書く
時間表も
ノートには感想も書き、終了時に自己評価する

五年後の自分はこうなっているといいな
という理想の一週間をのーとに書く

月:シンポジウム同時通訳/火:ISO14000通訳/水「セミナー」同時通訳/木NHKと環境番組の打ち合わせ...

子供が起きている時間は絶対勉強時間にしない
逆に寝ている時間はすべて自分の時間に刷る
なんとか工夫して毎日8~10時間勉強
期限は二年間しかないから、それでも足りないって感じだった

二年目は方向転換をして「英語を日本語にする」ということを重点的に。
日本から翻訳の通信講座を取り寄せた
聞いた英語読んだ英語は必ず日本語に直すと言うトレーニング
はじめたころのノートは「力不足を実感する」
5冊分のテープ付き雑誌をこなした一ヶ月後には「自然の日本語がわかって来た」
その一ヶ月後には「前より内容を伝えられる姿勢になってきた」
半年後には「訳が大分自然になって来た。やはり訓練あるのみだなあ」

二年目に入る頃、もうひとつ大きく勉強法を変えたのは
目ではなく耳から入る英語を増やしたこと。
単語プログラムで英単語の蓄積は増えて行ったが
目では分かるが耳でわからない単語が多いことに気付く
そこでネイティブに覚えたい単語リストを渡し、ゆっくり区切りながら単語を読み上げてもらった
半年以上に渡って毎週一本か二本ずつテープを作ってもらった
(これは、Macに読ませるか、iphoneの辞書で読ませることで代用出来る。)
ネイティブに作ってもらった単語テープで
英語が聞こえたら即座に日本語に訳す
これはアルバイトとしてやってもらった。


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すべては一杯のコーヒーから

僕の住んでるところでは、この前の選挙の候補者として彼がいた。
すごく興味をそそる人です。
すべては一杯のコーヒーから (新潮文庫)

タリーズとの運命的な出会いは、
シアトルでの1日目、飲み歩きを始めてちょうど10 店目のことだった。

「コーヒー・オブ・ザ・デイ(本日のコーヒー)」を飲んで、

“なんてうまいんだ!”

と感じたのが第一印象だった。

店員に話をしようとすると、用件はタリーズ本社に
連絡してくれという。すぐに渡された番号に電話をかけた。

呼び出そうとした相手は、店員から名前を聞いた、
創業者であり、会長(当時)のトム・オキーフだ。

いきなり最初から意思決定権を持った人に
話をするというのは、銀行での営業を通じて学んだやり方だ。

「オキーフはただ今、外出中です」

 ひとことで電話を切られたのも仕方なかった。

シアトルから日本に戻った彼は、タリーズにEメールを送る毎日が始まった。
銀行の仕事を終え自宅に戻った深夜、夜な夜なパソコンに向かった。

 自己紹介に始まり、次にタリーズが日本に進出した場合を想定して、
自分なりのビジネスの方法論を展開した。タリーズに送った「レポート」
は、週1度のペースで10回以上に及んだ。

そうして何回かメールを書いているうち、
タリーズ副社長(当時)のアールジェイ・セルフリッジからメールで返事があった。

と言っても、「参考になる意見をありがとう」という程度に過ぎない。
決して反応が良いわけではなかった。

それでも諦めずに、せっせとメールを書きつづけた。

メールには、日本全体の喫茶店の数、売上高の推移といったデータも書き込んだ。もちろん、すべて独学である。私は一度やると決めたら、徹底的にやらなければ気がすまない。とことんやって結果が出なければ、その時点で理由を考えれば良い。

タリーズに送った「レポート」は、週一度のペースで十回以上に及んだ。そもそも最初は、誰に送ればいいのかもわからなかった。仕方なく、タリーズのホームページに載っている代表アドレスに、「国際業務担当者殿」と宛名を書いて送った。

やらずに後悔するより、やれるところまでやって失敗を受け入れる方が納得できるのではないか。一号店をつくるために、生まれて初めて7千万円もの大金を借りた。私は借用書に印鑑を押す前に、自宅近くのコンビニを回った。そしてアルバイトの募集状況と時給を調べ、1日15時間働けば、30年程度で借金の返済ができることを確認した。

使命とは、ある日突然、天から雷のように落ちてくるものではない。ほとんどの人にとって使命は、奥底に眠っているものを自分で探しださなくてはならない。今まで自分で歩んできた人生を、足元からじっくり見直して見れば、きっとどこかにヒントが隠されているはずである。

銀座店での日々が、体力的には一番きつい時期だった。店は年中無休で、私も休みは一日もなし。営業時間の朝七時から夜十一時までバリスタとしてコーヒーをつくり続けた後、閉店してからは店内の掃除や事務的な仕事が待っている。すべてを終えて寝るのが午前二時から三時
頃。当然、横浜の自宅まで帰る余裕もなく、週の半分以上は店に泊まり込むことになった。地下の座席に寝袋を敷いて寝るのである。秋になる頃には寒さがこたえ始めた。閉店後、暖房は止めていたので、寝袋のなかに電気毛布を入れて寒さをしのいだ。疲れで朝も起きられず、六時半頃、仕事にやってきたバイトの声で目覚めるというのもしばしばだった。体力には自信があったが、オープンから二ヶ月で体重は七キロ減って六十八キロになった。朝、昼と売れ残りのパンを食べ続ける毎日だったから、それも仕方なかった。外で外食するのは、閉店後の仕事の合間に取る遅い夕食だけ。といっても、深夜にやっているのは牛丼店か、ラーメン屋くらい。それでも温かい食事はうまかった。

別に失敗したからといって、命まで取られるわけではない。
後は自分の力を信じて、挑戦し、最後まで諦めないことだ。



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英語と私/松本亨レバレッジまとめ

参考
https://snbrand.com/?p=110
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松本亨/教科書の暗記

私は正しい英語を、できるだけたくさん頭の中に入れておこうと考えた
それには、必要な時にすぐ使える英語を「生のままで」覚えておくことであった。

さて、正しい英語で頭の中をいっぱいにするといっても、
四六時中英語の世界に住んでいる訳ではないから、
何か手頃な所から始めなければならない。

私の通学方法は小田急と山手線で目黒に出ることであった。
英文科に入ってからは、目黒からバスに乗って行った。
これに要する時間じゃ相当なものであった。

もちろん乗り物の中でも勉強しようと思えば出来ない訳ではなかった。
しかし、朝の混んだ電車の中でまとまった勉強は中々容易ではないし
年齢が年齢なので、どうしても目がきれいな女学生に見とれてしまう。

電車での勉強は無理である。

私は家から渋谷まで歩くことにした。まず、基本的な英語を頭に
入れてしまおうと思って、中学一年のリーダーを取り出した。

それを全部暗記することにしたので
渋谷までの30分をそれにあてた。

1ページから初めて次々に進んで行く訳だが、2ページを覚えたら必ず1ページに戻って、そこからまた言い直してみた。

渋谷と目黒の間の電車の中でもそれを続けた。
目黒から学院までもバスに乗らずに裏道を通って暗記を続けた

アルバイトの家庭教師の口はすくなくて二軒、多いときは四軒も受け持った。それも一週にたいてい二回ずつであるから、そのために費やす往復の時間だけでもかなりかかった。

それで、歩いて行ける程度のところは歩いて行き、どうしても電車に乗らなければならないときは、ドアから外を眺めながら暗記を続けた。

帰途につく頃はいつも夜であった。
声を出して練習するために夜は代々木の練兵場を通った。こわかったが、発生のためには最適な場所であったから、雨が降っても雪が降っても練兵場を通って家に帰った。

こうして巻一と巻二を丸暗記した。
中学の巻一と巻二さえ全部暗記してしまえば、英語に出てくる基本的な文章の構造はたいてい覚えてしまえると信じたからである。

これ以上の材料を丸暗記出来たかどうかはもちろん疑問である。

あれから30年たった今日、その時のレッスンをどの程度覚えているかは分からない。

しかし、英文を暗記する習慣と能力をその頃に身につけたということは、後になってどれほど役に立ったか、はかりしれないものがあったと思う。

結局、われわれの日本語も、全部暗記したからこそ、次から次へと言葉が出てくるのである。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
松本亨/はやく読む練習

暗記をしながら発見したことは、同じ量の英語でも、一回目と二回目とでは、
繰り返して言う時に費やす時間に多少の差があるということであった。

一つのことを言っているうちに、次のことがどんどん脳裏に浮かんでくる。

むしろ、舌の周りの遅いのがまどろっこしいほどである。

それなら、読むことにも同じ原理が適用されて良い訳である。

そこで私は速読の練習をはじめた。
原書を片っ端から読もう。

私はこう、決心した。

それは訳さずにどんどん読んで行くことである。

辞書はひかないことを原則とした。

どうしても意味がつかめないときだけ辞書に頼ることにした。

幸い、私のアルバイトは収入が良かった。
その時のお金で、少なくとも月に50円、多い時は80円ぐらいもあった。
これは、大卒の初任給に等しかった。

家に生活費を入れても、まだ十分のお小遣いが残った。
それで私は、古本屋に言っては洋書を買った。

そして以前と同じように渋谷まで歩き、また目黒から歩いて本を読んだ。

最初に手に入れて読んだ分厚い本はトルストイのアンナカレニナであった。

それを英語で読んだときの感激は、今でも忘れられない。

最初の一時間には3ページしか読めなかった。この分ではいくら頑張っても一ヶ月はかかると思ったが、なんとかしてスピードを増してみようと努力しているうちに4ページ、10ページと読めるようになった。

アンナカレニナは順調に進んで終わり頃には一時間平均30ページ
は読めた。

これに勢いを得て一日少なくとも100ページを標準にして
次から次へと進んで行った。

私はその頃、英文科の三年生、本箱に一冊一冊と本が増えて行った。

一年間に100冊くらい読んだだろう。新宿のある百貨店で立派な本箱を買って来て、自分の読んだ穂運を並べて悦に入ったりした。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
松本亨/英語でひとりごと

原書も100冊くらい読むと、ちょっと堪能してしまう。
本に飽きてくると
何各地でつぶやいてみたくなった。
何気なく英語をしゃべっていると
それがやや本物の英語らしく聞こえる。
少しも躊躇せずにするすると出てくる。
前に暗記していたときも続いて出て来たが
それはしょせん誰かほかの人の書いた英語であった。
やはり自分で考えだした英語の方が面白い味がある。
そしてこれは一人二役で会話の形にしていった。
常に自分と一緒に居る人物を仮想して時と場所を問わずにしゃべるのである。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
松本亨/日本語から英語に

私の毎日は英語に開け英語にくれていた。
ただしこれは、私が意識的にそうしたことであって
自然にそうなった訳ではない。

朝読む新聞、ラジオ、道を歩きながら見る看板、
友人との話、学校での講義
(英文学以外の科目)、境界で聞く説教、仮定での会話
これらは否応無しに日本語であった。

私はこれらのすべてを英語に直していかなければ完全な
「英語の生活」にはならないと自覚したのである。

新聞は読みながら頭の中で英語に直しつつ理解して行った。
スピードはかなり落ちるし、量も少なくなった。
したがって、朝のひとときでたいした勉強にはならなかったが
何か1つの見出しを捉えてその記事をともかく英語で頭に入れておいた。

ラジオは即聴即訳の方法をとった。
しかし、あまりラジオを聞く暇のなかった私は、茶の間から聞こえてくる音を聞きながら眠ってしまったことの方が多かった。

友人との普通の会話はその場で英訳するのみでなく、
あとでその会話の要点を英語に直してみる程度であった。
いちばん一生懸命にやったのは
講義と説教の即訳であった。

講義の方は割合にゆっくり話してくれたので
英語でノートを取って行くのはさほど困難ではなかったが
教会での説教は中々努力を要した。
いつもいっしょに腰をかけていた花川君が、
横から私の走り書きするのを見ていたことを思い出す。

ある晩、母と長いこと話をしたことがあった。
私は母の言うことをドンドン英訳しながら聞いて行った。
もちろん適当に返事はしていたが
あまり私の方から意見は述べなかった。
いつになく私がおとなしく何も反抗しないで聞いていたので
母は物足りなく思ったに違いないが
私の頭は忙しく働いていたのである。

こうして耳から入るすべての事柄が英語になって筆記されたり
口づてに頭の中に入ったりしていたので、
いざ何か言ったり書いたりしようとすると英語の方が先に出てくることがしばしばあった。

ときどき頭が混乱して、ことばがどもることさえあった。
とうとう生物学の試験の時に私は先生の許しを得て、
答案を英語で書かせてもらった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
松本亨/英語で夢をみる

アルバイトとE.S.Sのことでかなり忙しかったが
月に一回くらいは外国映画を見に行くことにしていた。
土曜日などには昼から映画館に入って最後まで頑張ることもあった。

ちょうどトーキーが(talkie)流行し始めた頃であったから
もう活弁はいなかった。

そのかわり、今でもやっているように日本語が字幕になってあらわれた。
どうしてもこれに目がひかれる。

そこで私は同じ映画を二回三回と見ることにしてその字幕を見ずに会話だけを聞く練習をした。
時には目を閉じて聞いていた。

クラークゲーブルとクローデットコルベールのIt happened one night (ある夜の出来事)は勉強になった。
二人の英語がとても歯切れがよく聞こえた。
1つ1つの会話の文章が比較的短くてよくわかったからであったろう。

この映画の効果はそれだけにとどまらなかった。

私が今この映画を特にここでうんぬんするわけには
もう1つの理由がある。
そしてそれは私の英語生活にきわめて重要な意味を持つターニングポイントとなったことである。

というのは
その晩わたしはその映画の夢を見たのである。
出てくる人物がすべて英語でしゃべった。
それが実にはっきりした英語であった。
ハッと思って目を覚ましたときの興奮は今でも忘れられない。

それからというものは、夢はすべて英語で見ることにした。
もちろんこんなことは自分でいくらそう決めたって、
なかなか実現出来るものではない。
英語で夢を見るためには常時英語で物を考えていなければならなし、
私達の無意識中の意識も英語で働いていなければなない。
私は今ここで
夢と言う人間の頭脳の働きに関してうんぬんする知識をもたないが
この映画の経験以来、ふだん日本語で私に話している人が夢の中では英語をしゃべってくれたことは事実である。

私の父の生家が埼玉県の田舎にあって
そこには遠い親戚がたくさんあるが、その中に一人、とても優しいおばあさんがいた。
もう腰が曲がっていたが、
いつもニコニコして私に何かくれた。

子供の頃
このおばあさんに会うのがとても楽しかった。

ところがある晩、
このおばあさんが私の夢の中に出て来て、しわがれ声で英語で何か言った。目が覚めた時私は思わずわらってしまった。

私はとにかく文字通り夢中で英語の勉強をしていたのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
松本亨/日記/自由作文とは

基礎になるものは
読書
入れ替え作業
経験
の3つ

・要領
創作文は過去形を用いること
散文は現在形を用いること
なるべくbe動詞を使わないこと

やってはいけないこと
日本語で原稿を書くこと
はじめから細かいことを気にすること
冠詞や単数複数など

上達の秘訣は
毎日なにか書くこと
普段からたねをさがしておくこと
用の無いときは常に英語で考えていること
ペンより早くつぎのことを考えること

ーーーーーーーーーーーーーーーー
松本亨/英語で考えるコツ

電話が鳴ったら
Oh the telephone’s ringing.
おなかがすいたら
foodを連想、または
I’m starving.

仕事をしようか野球を見ようかと悩むなら
Shall I work or Shall I watch the ball game?

This is Monday. The barbershop is closed.

ーーーーーーーーーーーーーーーー
松本亨/会話の鍵

大切な言葉を聞き取る。はじめと終わりにくることが多い
決まり文句が多い
その決まり文句を知っていれば聞くのも話すのも楽
ーーーーーーーーーーーーーーーー
わたしの進める方法は
なにはさておき、英語をお読みください

多読速読を身につけること

手当たり次第、英書、雑誌、英字新聞を。

一日に少なくとも3時間は読んで下さい
これはいい文章だ。
これは役に立つと思ったら線を弾きます。

辞書を引いたら
その単語に印。
2度同じものを引いたらそれで
最後にするつもりで
noteに書き写し、book of shame と題し
電車の中でこっそり復習します。

そこには、日本語の訳は書かず
最初から順に暗記して行きます。
一冊のノートが終わった時には約1000語がものに入っているはず

次に書くこと

書くことは1時間でいい。
一番効果があるのは、今日読んだものを書くこと
大意をつかみ報告的な文、批判的な文を。

多読しているうちに
書く方も進歩する

読み書きは
裏表の存在。