今後の歴史にとって重要な1ページに

もし東京オリンピックが開催されるなら
それは今後の歴史にとって重要な1ページになると言われている
前回とは比べ物にならないくらいに

だから
しっかりと開会から閉会まで
見届ける必要がある
(僕は寝るけどw)

ヒーロー、ヒロインがたくさん現れると思う
これほどコントロールできないことが
パフォーマンスに影響せざるを得ない戦いはないのかもしれない
でもだからこそ
考え方1つでガラリと変わってしまうのだろう

主体的に考えるのか
受動的になるのか

またとないチャンス
たくさん勉強させていただきます!

餅は餅屋という絶滅危惧種

僕は自分でレーベルをやって
自分でCDを出していた

お金払ってインディーズとしてCDを出している人たちはいっぱいいたけど
自分でレーベルを作って個人事業主として登録して
というところまでは
もしかしたらそこまで多数派ではなかったのかもしれない

だから
「そこまですることないんじゃないの?」
「1人でやるのって大変でしょ?」
って何人に言われたかわからない

だけど
こういった言葉、
どこかで聞いたことあるなって思ったら・・

そう。
DTMを始める時も
自分でHTMLでホームページを作るときも
言われた言葉だった

「そこまでする必要ないんじゃないの?」

そのことを例えるのに一番多く言われたのが
「餅は餅屋なんだからさ」
という言葉

要するに専門家に任せておきな
って話

だけど、
今、時代はどうなっているでしょうか?

完全に「餅は餅屋」という考え方が古いことがわかる

昔は物理的にも経済的にも個人レベルでは何もできなかった

だけど
今は、
というか少なくとも21世紀になってからは
全部自分でできる時代

わかりやすいところで言えば
YouTuber

コンテンツ的にはバカにしてる人もいるかもしれないけど

全部、
自分でマーケティングやって
集客して
自分でコンテンツ作って
そして販売まで行っている人もいる
というか
最低限マネタイズまでは自分たちでやっているわけです

きっと個人がここまでできる時代というのは
未だかつて存在してない

今から始めても遅い?

そんなこと10年以上前から言われていたw

今はみんながスマホを持つ時代
でも100人がスマホでやっていることが
投資なのか消費なのか

それは
その人しか知らない

だから僕は100人が100人
投資をしているんだと思っている

負けてらんないぞ!
って思う

奇皇后がもはや映画な件

奇皇后、見てますか?
千葉テレビ?

午前9時半から。

誰が見れるんだ?
って話ですよねw

千葉テレビのこの時間帯は
基本、韓国ドラマをやっているのです。

韓国ドラマ自体色々見てきました。

・不滅の恋人
・100日の郎君様
・ホンギルドン
・ホジュン
・客主
・奇皇后

全部、歴史もの。

客主では

・永通(よんとん)
品物を絶え間なく世に送り出し 、
商人として新たな販路を開拓すること
・存信(ちょんしん)
取引においては信用を第一とすること
・行遜(へんそん)
物を買ってくださるお客様には、
謙虚に真心で接すること

といった商売についての考え方を学んだり、
ホジュンでは「できます」と言わずに「がんばります」ということの大切さを学んだり
※「できます」と言ってしまってできないと後で罪を問われる

客しゅのボンサム見てるとまんぷくの万平さん見てるみたいで
何やっても、うまくいきそうでうまくいかない
あの人たちに比べたら俺なんて屁でもないんだよなって思う

そしてほとんどのドラマに共通しているのが「嫉妬」

嫉妬がキーポイントになっている
嫉妬したものはダメになり
しないものは上がっていく

誰だって評価されたいわけだし
嫉妬しないはずないんだけど
それをどれだけ表に出すか
どれだけしまって力に変えるか

ここが顕著なのが奇皇后だと思う

ダントツで面白い

歴史にも興味持った

だけどもうすぐ終わってしまう…

ドラマより自分の人生に夢中にならないとw

ZOOM飲み会

しかし、あれですね

オンライン飲み会って何回かやったけど
やっぱり飲みの醍醐味というのは
わちゃわちゃすることではなく
「実はさ・・」
って感じの内緒話にあると実感

あと
オンライン飲み会って
僕のように普通の人が休みの時に忙しく
普通の人が忙しい時に暇な人間には
結構、時間が合わないことが多い

オンラインなのに時間が合わないという矛盾w

なんだろう
Skypeとかで外国人と会話ができると知った時には
とんでもなく感動したけど
オンライン飲み会にその感動はない

ちなみに僕はZOOMは使わないけど
最近はiPhoneがあるからかFaceTimeが使えるのがありがたい

早く普通に飲めるといいよね!

この人の演技は涙が出る

この人の演技は涙が出る(シャケの娘)

「とと姉ちゃん」のよっちゃん役で知った
その時はなんとも思わなかった

次は「いだてん」
これもなんとも思わなかった

でも「おちょやん」はヤバい

ストーリーに感動して泣くことはあったとしても
演技自体に感動して泣くことは初めて

すごい

スマホ脳とか意味わかんない

最近、
スマホ脳とかスマホ中毒とかいう言葉をよく聞くようになりましたが、
正直、意味がわかりませんw

たぶん、多くは
スマホ脳ではなくSNS脳、もしくはゲーム脳であり、
それはスマホに限ったことではないのでは?

つまり、
スマホがなかったとして、
パソコンがあったとしたら
同じような症状に陥るのでは?

僕も今でこそ「スマホ」という言葉を使うようになったけど、
iPhoneのことをスマホとは言わないし、
iPhoneに対する気持ちはスマホ人のそれとは180度近く違うと思う

Apple製品は
大人になってもワクワクドキドキが止まらないおもちゃ

全部購入するわけではないけど、
全てのプロダクトのページを隅から隅まで見て、
Appleの公式YouTubeアカウントもチェックして、
ヨダレ垂らしてるw

そんな僕はきっとスマホ脳やスマホ中毒と言われている人たちよりもiPhoneに携わっている

だけど、スマホ脳やスマホ中毒にはならない

たとえば茂木健一郎氏は目を開けてる時のほとんど
iPhoneかiPad、MacBookのどれかを見ていると言っていたけど
スマホ脳やスマホ中毒になってるとは思わないと思う

以前、ひろゆき氏が
「児童養護施設にPCを配る」と言ったときに
ホリエモンが
「スマホを配ればいい」
と言った

でも、ひろゆき氏は、
「一生消費者ならそうだろうけどクリエイター側にまわるならPCが必要」
と言った

これが一つのヒントになると思う

要するに、
同じくらいプロダクトに触れてる時間があっても
片方は消費者に、
片方は生産者になっている

そして
生産者はスマホ脳とかスマホ中毒って言葉は当てはまらない

なぜなら生産者なのだから

新しいものを学ぶ?

90歳で勤続65年のおばあちゃんの話を読みました。

このプレジデントの記事

でも、

毎年パワポを作り変えてプレゼンする。新しいものを恐れずに学び、成長し続ける姿は社員に好影響を生んでいる

というところで、
「ははあ、よくある、歳にかかわらず
新しいものを取り入れようと頑張ってる人の話かな?」
と思ったけど、

そうではないらしい。

なぜなら

IT導入に「こんな面白いものはない」と興奮

したということだから。

これなんすよ!

僕もこれがあったから
ITにのめり込むことができた。

だから今、必死で
「新しいものを学ぶ」というような気持ちで
ITに取り組んでいる人たちを見ると、
昔の自分を鑑みてゾッとする。

僕はちょうど2,000年からITにのめり込み始めたけど、
それまでは携帯電話を持ってるのも驚かれるほどのアナログ人間。

だから、
もし、2,000年からITにのめり込まないでいたなら、

今、スマホがなんちゃらって時代になって、
それでも
「俺はアナログ人間だからスマホなんて持たねー」
って息巻いてるのが目に浮かぶw

でも、
I T自体が
「こんな、面白いものはない!」
ってドキドキしたし、

Apple製品に関しては、
完全におもちゃやゲームを欲しがる子供のように
憧れた。

おもちゃやゲームを欲しがらない子供だったけどw

美しい
かっこいい
ドキドキする
ワクワクする

その反面、
「新しいもの」と言えるかわからないけど
SNSに関してはのめり込まないし、
仕事以外では使ってない。

プライベートで使わないくせに
アカウントを数十個持っているので、
普通の人よりもちょっとだけ詳しいかもしれないけど、
ドキドキなんてしないし、
ワクワクなんてするはずもない。

ちょっと話がずれてきましたが、

つまり、
新しいものを始めようと思って
ITにのめり込んだわけではない
ということ。

ほとんどの人にとって、
使いようによっては、
ドキドキワクワクするのがITだと思います。

だから自分が何をしたいか?
を考えて、
それがITによってどう広がるか?

これを考えてみると
本当に人生になくてはならないものになると思います。

って、
なんか、
エラそうだな。

元アナログ人間のくせに。

自分の嫌なところがわかってきたw

自分の嫌なところがわかってきた

僕はストーリーを作ろうとする

ストーリーとは
いわゆる「言い訳」のこと

自分のやってきたこと
やってきてできなかったこと
やらなかったこと
これからやろうとしていること

これらをストーリーにして
言い訳を考えている

だけど注目したいのは
言い訳とは後付けであるということ

動いて
行動して
何かをした後に考える

それはつまり
行動する時には何も考えず
何かに突き動かされるようにして行っているかもしれないということ

「直感」という言葉がある
そんなたいそうなものは自分にはないと思っていた
でも最近ようやく「そっちは自分じゃない」と感じるようになった
それって直感とは違うかw

僕は人に影響を受けすぎていた
つい最近までそうだった
そしてそのことに気づかなかった

そのことに気づくと
自分の嫌なところがわかってくる
そして
自分の嫌なところがわかってくると
自分がどっちへ行ったらいいのかもわかってくる
というより
自分が「どっちへ行くべきではないか?」ということがわかってくる

世界は何も変わってない
「題材」が変わるだけ
大きく捉えれば
いつもシンプル

そして
僕も何も変わってない
「ストーリー」が変わるだけ
大きく捉えるまでもなく
いつもシンプル

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どんな題材の世界に
どんなストーリーを描こうか
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

と、
ストロベリーシャンパンを飲みながら思う
春の1日でしたとさ。
ストロベリーシャンパン

このストロベリーシャンパンは料理を全くジャマしない
とても美味しいです
カルディです

【閲覧注意】あの時、君はデブだった

えーと、
僕は子供の頃から痩せていた

はっきり言って
何を食べても太らない自信があった

だがしかし!

10年くらい前から
暗雲が…

何を飲み食いしても太らない体質なんだろうな
と思っていたのに

会う人に
「ふっくらしたね」
「ぽっちゃりしてきたんじゃない」
と手を替え品を替え
やんわりと体型について言われるようになった

これが
7年前

そんなわけないでしょw

ふふふw

と余裕ぶちかましていた僕には
言葉をオブラートに包むと言うことを知らない家族が
一人だけいた

それが
親父だ

そして親父の一言で目が覚めた

「腹出たなwwww」

これを言われた頃の
三重アゴの写真がこれだ!

【閲覧注意】
IMG_0648
※今後の活動に影響があると判断した場合には削除しますw

う〜ん
これはアゴじゃない

そして
いくら鈍感な僕でも
デブに気づいたとさ

この頃
恐る恐る腹囲を測ると
81cm

メタボの85cmまで
マジで追いつく4cm前♪


結論から言うと
今の腹囲は68cmくらい

どうやって絞ったか
というと

まずはマラソンの時間を10分伸ばした

でもあまり効果がないので
ジムでウェイトトレーニング(いわゆるBIG3)をやり出した

すると
体は絞れるものの
今度は腹が減ってしょうがなくなってしまった

そこで
紆余曲折を経て
自重筋トレにしたところ
10kg以上痩せた

今度こそ
何食っても太らなくなってしまった

う〜ん
僕には
「ちょうどいい」
というのがないのだろう

ちなみに今やってる自重ですが
公園の器具を使えないので
テーブルでのプルアップ
イスを利用したハンドスタンドプッシュアップ
普通のプッシュアップ
ワンレッグスクワット
レッグレイズ
ストレートブリッジ

全部簡単ですが
2秒で下げて1秒止めて
2秒で上げて1秒止める
を繰り返す

たぶん
カラダ鈍ってたら
普通の腕立てでも筋肉痛になる

デブも血圧も
今のところ
自分でPDCA回して改善してるので

何かの参考にしていただけたら
幸いです

託せない人生

僕はつくづく頼らない方がいい人生に
そういう運命になってるんだな

自分でなんとかしなきゃいけない人生

だから頼っていた時は何もできなかったのに
自分でやるようになると予想以上に没頭するw

例えば
僕は今でこそ自分でバックの音源を作るけど
それこそYellow Songsの頃までは
全部、人にやってもらってた
だって自分でできないから

だけど
Yellow SongsをプロデュースしてくれたF氏に言われた

「clay、そうやって全部人に任せてる時期じゃないよ」

この一言がガツンと響いた

それからは
「全部人に任せる」
から
「全部自分でやる」
になってしまった

極端w

「ちょうどいい」というのができないw

もちろん
そこまでやる必要ないんじゃないの?
と言われることもあるけど

僕の場合、やりすぎくらいでちょうどいい

人の言うことを聞いていた時は
あっちへフラフラ
こっちへフラフラ
って感じだった

無理もない
90%以上の人は僕より優れているから

でも問題なのは
その人は僕じゃないということ

しかもその人がその道で成功していたとしても
それはその人だからできたことかもしれない

このことはどんなことにも通じることだと思う

やるか
やらないか

100か
0か

俺か
俺以外か

自分でなんとかしなきゃいけない人生
託せない人生
最高だ